抗菌薬を服薬したあとに下痢になることは、それほど珍しいことではないと思います。原因は抗菌薬そのものの副作用、アレルギーのこともありますが、抗菌薬によってバランスのとれていた腸内細菌叢が乱れて、少数しか存在しなかった菌が異常に増殖し生じることもあります。これを菌交代症と呼び、特に代表的な疾患にCDI(Clostridioides difficile infection :クロストリディオイデス・ディフィシル感染症)があります。以前はクロストリジウム・ディフィシル感染症と呼ばれていましたが、どちらにしても同じCDIと略語を使うことが多いと思います。

勤務医時代、入院患者さんに抗菌薬を処方したあとに下痢、発熱が出現した際には真っ先にCDIを考えて、すぐに便検査から診断し、治療を行う稀ではない疾患でした。CDIは入院中の高齢者で、なおかつ基礎疾患などで全身状態が良好ではない患者さんに発症することが多い疾患であるため、開業医となってから出会う機会はありませんでした。

先日、2週間前から腹痛、下痢、血便を訴える基礎疾患のない36歳の患者さんが当クリニックを受診されました。下痢は1日6回以上と多かったですが、血便は2週間で5回ほどでした。その時に、腹痛、下痢が起きる少し前から副鼻腔炎の診断で耳鼻科クリニックから抗菌薬が処方されていたことを確認しておりました。また腹痛、下痢が出現した翌日に1日だけ38.3度の発熱があったことも確認していましたが、その時は潰瘍性大腸炎などを考え、大腸内視鏡検査の予約をして帰宅してもらいました。

1週間後、大腸内視鏡検査のため再診してもらいましたが、検査までの間、症状はほとんど改善していない状態でした。内視鏡検査で大腸を観察している時に黄白色の付着物が多発しており、水をかけてもとれないため当初「なんの疾患だろう?」とわかりませんでした。検査中、鼻につく酸っぱい匂いがしていたため、途中で「あ、偽膜性大腸炎だ!」と気がつきました。偽膜性大腸炎とは前述のCDIの症状が強い場合に認められることが多い内視鏡所見です。内視鏡の参考書にはよく掲載される所見ですが、CDIは通常、便検査で診断をつけて大腸内視鏡検査まですることがないため、すぐに診断できませんでした。患者さんにメトロニダゾール(フラジール)というお薬を服薬してもらったところ、すぐに症状は改善され、10日間飲みきってもらい治療を終了をしています。

洗ってもとれない黄白色の付着物が多発

この患者さんは出血もしやすい粘膜でした

 

CDIについて一般の方向けに簡単に述べていきます。参考資料 日本化学療法学会、日本感染症学会、CDI診療ガイドライン作成委員会編:Clostridioides defficile 感染症診療ガイドライン

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クロストリディオイデス・ディフィシル(C.difficile)とは

河川、海水、土壌などの環境中、ペットや家畜の腸管などに生息します。人間の腸管にもいる場合があり、健康な成人でも2~15%が無症状で定着(保菌)していると言われています。これが入院患者さんや長期介護施設などでは定着率が高率となり、30〜50%にもなると言われています。入院期間が長くなるほど定着している割合が高くなります。なお新生児から乳児までは無症状で20%〜90%も定着していると報告されていますが、2~3歳になるまでに定着率は1~3%に減るそうです。C.diffcileは生育に不利な状況になると休眠状態の細胞である芽胞を形成します。これにより、熱、放射線、乾燥、高圧処理、薬剤などに高い抵抗性を持ち、生き延びることができます。

CDIの発症過程

C.difficileを保菌していてもほぼ無症状ですが、高齢者や基礎疾患をもった方に抗菌薬を使用することにより、腸内細菌叢が乱れ、腸管内で菌が増えて毒素を発生してしまうと、激しい下痢や発熱、腹痛、食欲低下、時には血便などを認め、CDI(Clostridioides difficile infection :クロストリディオイデス・ディフィシル感染症)と呼ばれる病態になります。抗菌薬使用というのがキーポイントになり、抗菌薬使用により起きる下痢症(抗菌薬関連下痢症)の主な原因となります。問題点は前述のようにC.difficileは芽胞を形成することにより過酷な環境でも生き延びることができ、アルコール消毒も無効です。そのため医療従事者の手指などを介した院内感染で問題となります。症状の程度は抗菌薬を中止しただけで改善する軽症なものから重症、死亡例まで報告されています。CDI発症者の約95%は入院、介護施設を含めて医療機関を利用した経歴がありますが、今回当クリニックで経験した方のように稀に市中感染の報告もされています。米国の調査では市中関連CDIが45歳未満の若年者に多いことが報告されています。また、胃酸をおさえるプロトンポンプ阻害薬(PPI)やヒスタミンH2受容体拮抗薬(H2RA)など制酸薬もCDIを引き起こすリスク因子になることはそれらの薬をよく処方する内視鏡医として気になりました。

CDIの診断方法

便検査で診断します。詳細は省略しますが、医療関係者の方はClostridioides diffcile感染症診療ガイドラインを参考にされるとよいと思います。
前述のとおり便検査で診断がつくので、大腸内視鏡検査まですることはほとんどないと思います。勤務医時代は入院患者さんでCDIを疑った場合、看護師さんに便検査の指示を出せば検体を検査科に提出し、すぐに結果がわかったので気軽でしたが、開業してからは患者さんにあらためて便を持って再診してもらうのは少し大変なため便検査のハードルは高くなりました。なお下痢便がすっぱいきつめの匂いがしたり、緑色であったりしたときにCDIを疑うきっかけのひとつであることが経験的に多かったのですが、ガイドラインには記載されていませんでした。

CDIの治療

まずは抗菌薬を中止することです。CDIと診断されることなく抗菌薬中止のみで改善した下痢の中にはごく軽症のCDIであった可能性もあり、市中には意外と存在するかもしれません。抗菌薬を中止、もしくは飲み終わっていても下痢症状が続きCDIと診断された場合は、メトロ二ダゾール、バンコマイシンといった薬を処方します。重症例や再発例でフィダキソマイシンという薬や、再発抑制薬としてベズロトクスマブといった高価な薬が使われることもあります。こちらもガイドラインの一部がネットで掲示されていますので、医療関係者の方は参照ください。
なお複数回のCDI再発例で他の治療法が有効でなかった場合には糞便移植(FMT:Fecal Microbiota Transplantation)といって健康な人の便に含まれる腸内細菌を病気の患者さんに投与する治療が日本でも行われることがあるそうですが、ガイドラインでは積極的に推奨していませんでした。
また感染対策も詳細は省きますが、接触感染のため、石鹸と流水による手洗いが大事になってきます。

まとめ

今回はやや専門的な疾患であり、一般の方には馴染みが薄くて難しかったと思います。抗菌薬を服薬したあとの下痢で症状が激しい場合は、CDIという病気の可能性もあることを頭の片隅にわずかでも覚えてもらえれば幸いです。風邪症状で抗菌薬をすぐに希望される患者さんがおられますが、こういったリスクもあることは知っておいてよいかもしれません。