当クリニックで内視鏡検査をさせていただいた患者さんは検査結果で異常な所見は認めず、機能性ディスペプシア、過敏性腸症候群に代表される機能性消化管障害と診断することが割合としては多くなっています。機能性消化管障害はストレスが原因として重要であり、それを語る上で「脳腸相関(のうちょうそうかん)」という概念がポイントになってきます。以前に脳腸相関:各種メディエーター、腸内フローラから食品の機能性まで(編集 内藤裕二 医歯薬出版株式会社)という本を購入したので、そのごく一部を内容を噛み砕いて簡単に説明します。
機能性消化管障害とは?
胃痛、食後の胃もたれ感などを特徴とする機能性ディスペプシアと腹痛、下痢、便秘などを特徴とする過敏性腸症候群が代表的で、器質的疾患がない(内臓自体に病気がない)のに多彩な腹部症状を生じる病態を言います。今日の社会的なストレスの多様化につれて、若年成人者を中心に生活の質(QOL)を低下させる一因として問題となっています。こういった患者さんの多くは病院を受診することも少なく、市販薬でなんとか我慢している状況もあり、人口の10〜15%もいると推定されています。その原因と発症機序は複雑で不明な点も多いですが、心理的または身体的なストレスと消化管運動の障害、内臓知覚過敏が脳腸相関として互いに影響していると考えられています。また消化器症状だけでなく、頭痛、めまい、不安、うつ症状といったさまざまな症状を伴うことも多いです。
脳腸相関とは?
脳と腸は、自律神経やホルモンなどの情報伝達系を介して、互いに影響を及ぼし合っています。脳から腸への情報伝達と腸から脳への情報伝達は一方的ではなく、双方向的に影響を及ぼしています。機能性消化管障害においてはどちらの情報伝達の異常によっても症状が生じるとされており、ある程度化学的な説明が可能になってきています。
ストレスによって引き起こされる変化
ストレスがかかると脳の中の視床下部(ししょうかぶ)、下垂体(かすいたい)という箇所からホルモンを介してシグナルが伝達され、副腎(ふくじん)という内臓からコルチゾールと呼ばれるホルモンの分泌を促し、これがストレスに対してさまざまな生体反応を引き起こします。他には摂食促進作用や消化管運動促進作用をもつグレリン、腸管の運動や内臓知覚に関係するセロトニンなどのホルモンが影響して、消化管運動異常や内臓知覚異常などにつながっていると考えられています。ホルモンだけでなく、サイトカインや神経ペプチドと呼ばれるものが複雑に関係しています。
さらにストレスを受けた腸管は腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう:別名、腸内フローラ)にも変化を起こし、病原性が高まるとされています。逆に腸内フローラによっても生体のストレス応答は変化していることが明らかになっています。これは腸内フローラが良くなれば、ストレスに強くなるとも言い換えることができます。
腸内フローラを良くするには
「食物繊維」がキーポイントになります。食物繊維とは「小腸で消化されない炭水化物」と定義され、不溶性と水溶性に分けられます。不溶性食物繊維は糞便量を増加させて腸の動きをよくする、すなわち便秘の改善に効果があります。一方、水溶性食物繊維は腸内細菌の発酵を受け、酢酸、酪酸、プロピオン酸などの短鎖脂肪酸(たんさしぼうさん)を生成します。短鎖脂肪酸も腸の動きを良くする働きもありますが、それだけでなくエネルギー源として利用されたり、腸内環境が酸性に傾くことによりクロストリジウム属菌や大腸菌など俗に悪玉菌とも呼ばれる菌が抑制され、代わりに善玉菌と呼ばれるビフィズス菌や乳酸菌などが相対的に増え、腸内環境が良くなると言われています。機能性消化管障害だけでなく、NASH(非アルコール性脂肪肝炎)、糖尿病、肥満、大腸がん、さらに気道アレルギーが良くなることなど、さまざまな病気の予防効果を認めることが報告されてきています。他に本文では発酵食品、ポリフェーノール、カテキンなどについての項目がありましたが、腸内フローラによい影響は与えそうだが、まだ関係性は明らかになっていないようです。
まとめ
今回は脳腸相関(のうちょうそうかん)に関連した本のほんの一部分のみ記載しました。他にもたくさんの情報が載っていましたが、まだよく解明されていない脳と腸のメカニズムも多くあるようです。脳と腸は複雑に関係しており、「ストレスが原因ですから、ライフスタイルを見直すことが重要です」といった簡単な一言では解決しないものですが、「内臓に一般的な病気を認めなくてもストレスによって辛い症状が生じることもある」ということは理解しておいた方が病気の不安がやわらぎ、気持ちは楽になると思います。これからの研究によって脳腸相関が科学的にさらに解明され、有効な治療法が出てくることを期待しましょう。